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【2章】飼葉おけ産まれの救い主

 

新約聖書、ルカの福音書 【2章】

 

 

今回はルカの福音書2章の中から、「飼葉おけで産まれたイエス様」についてピックアップして見ていきたいと思います。

このトピックは他の福音書では触れられていないのでとても興味深いです。

イエス様が飼葉おけでお産まれになったことの意味を思い巡らすとき、私たちの内側にイエス様に対する感謝が沸き上がってくることでしょう。

 

 

飼葉おけについて

 

"男子の初子を産んだ。それで、布にくるんで、飼葉おけに寝かせた。宿屋には彼らのいる場所がなかったからである。"
ルカの福音書 2章7節

 

"あなたがたは、布にくるまって飼葉おけに寝ておられるみどりごを見つけます。これが、あなたがたのためのしるしです。」"
ルカの福音書 2章12節

 

"そして急いで行って、マリヤとヨセフと、飼葉おけに寝ておられるみどりごとを捜し当てた。"
ルカの福音書 2章16節

 

ルカ2章で「飼葉おけ」と訳されていることばは3つとも、新約聖書の原語であるギリシャ語ではファトネーということばが用いられています。

実はこのことばは聖書中でたったの4回しか使われていない激レアなことばなのです。

3回はルカ2章で出てきてます。

あと1回はどこで出てくるのでしょうか?

ルカ2章を読んだだけでは飼葉おけがどのようなものなのか定義づけるのが難しいので、ファトネーが使われている残りの1箇所を開いて確認していきましょう。

 

"しかし、主は彼に答えて言われた。「偽善者たち。あなたがたは、安息日に、牛やろばを小屋からほどき、水を飲ませに連れて行くではありませんか。"
ルカの福音書 13章15節

 

ここではファトネーが「小屋」と訳されています。

(新改訳聖書2017だと「飼葉桶」と訳されています。)

小屋について理解するために前後のストーリーを確認していきましょう。

 

"イエスは安息日に、ある会堂で教えておられた。
すると、そこに十八年も病の霊につかれ、腰が曲がって、全然伸ばすことのできない女がいた。
イエスは、その女を見て、呼び寄せ、「あなたの病気はいやされました」と言って、
手を置かれると、女はたちどころに腰が伸びて、神をあがめた。
すると、それを見た会堂管理者は、イエスが安息日にいやされたのを憤って、群衆に言った。「働いてよい日は六日です。その間に来て直してもらうがよい。安息日には、いけないのです。」
しかし、主は彼に答えて言われた。「偽善者たち。あなたがたは、安息日に、牛やろばを小屋からほどき、水を飲ませに連れて行くではありませんか。
この女はアブラハムの娘なのです。それを十八年もの間サタンが縛っていたのです。安息日だからといってこの束縛を解いてやってはいけないのですか。」
こう話されると、反対していた者たちはみな、恥じ入り、群衆はみな、イエスのなさったすべての輝かしいみわざを喜んだ。"
ルカの福音書 13章10~17節

 

イエス様はここで、18年間病気の女を癒やすことと、小屋にいる牛やろばをほどいて水を飲ませることを同じこととして話されています。

この18年間病気の女を癒やすことは、18年間縛り続けてきたサタンの束縛を解くことです。

小屋から「ほどく」ということばとサタンの束縛を「解く」ということばは同じギリシャ語が使われれいます。

 

つまり、イエス様が飼葉おけでお産まれになったというのは、サタンに束縛されている者のところにイエス様が来られたということです。

 

 

 

18年間の苦しみについて

 

ルカ13:16を見ると、この女性はアブラハムの娘だと言われています。

ということはイスラエル人です。

旧約聖書を見ると、イスラエル人が18年間苦しめられたことが書かれている箇所があります。

それは18年間病気に苦しめられたこの女性の話と関連していると私は思っています。

士師記10章6〜16節を見ていきましょう。

 

"またイスラエル人は、主の目の前に重ねて悪を行い、バアルや、アシュタロテ、アラムの神々、シドンの神々、モアブの神々、アモン人の神々、ペリシテ人の神々に仕えた。こうして彼らは主を捨て、主に仕えなかった。
主の怒りはイスラエルに向かって燃え上がり、彼らをペリシテ人の手とアモン人の手に売り渡された。
それで彼らはその年、イスラエル人を打ち砕き、苦しめた。彼らはヨルダン川の向こう側のギルアデにあるエモリ人の地にいたイスラエル人をみな、十八年の間、苦しめた。
アモン人がヨルダン川を渡って、ユダ、ベニヤミン、およびエフライムの家と戦ったとき、イスラエルは非常な苦境に立った。
そのとき、イスラエル人は主に叫んで言った。「私たちは、あなたに罪を犯しました。私たちの神を捨ててバアルに仕えたのです。」
すると、主はイスラエル人に仰せられた。「わたしは、かつてエジプト人、エモリ人、アモン人、ペリシテ人から、あなたがたを救ったではないか。
シドン人、アマレク人、マオン人が、あなたがたをしいたげたが、あなたがたがわたしに叫んだとき、わたしはあなたがたを彼らの手から救った。
しかし、あなたがたはわたしを捨てて、ほかの神々に仕えた。だから、わたしはこれ以上あなたがたを救わない。
行け。そして、あなたがたが選んだ神々に叫べ。あなたがたの苦難の時には、彼らが救うがよい。」
すると、イスラエル人は主に言った。「私たちは罪を犯しました。あなたがよいと思われることを何でも私たちにしてください。ただ、どうか、きょう、私たちを救い出してください。」
彼らが自分たちのうちから外国の神々を取り去って、主に仕えたので、主は、イスラエルの苦しみを見るに忍びなくなった。"
士師記 10章6~16節

 

この話はイスラエル人が唯一の神である主を捨てて、外国の神々であるバアルを主としてしまったことによって18年間ペリシテ人とアモン人によって苦しめられるという話です。

聖書では神様とイスラエルの関係をよく夫婦にたとえたりします。

神様が主人で、イスラエルがその奥さんです。

しかし、ここで出てくる外国の神バアルとは日本語に訳すと「主人」という意味の偶像の神です。

イスラエルの罪は、本物の主人である唯一の神様を捨てて、偽物の神であるバアルを主人にしたということです。

要するに不倫をしたということです。

 

ルカ13章の女性は腰が曲がっていて伸ばすことができませんでした。

原文だと腰ということばは使われていなくて、かがんでいて身を起こせないという意味です。

この「身をかがめる」、「身を起こす」ということばがセットで使われている箇所があります。

ヨハネ8章1節〜11節を読んでみましょう。

 

"イエスはオリーブ山に行かれた。
そして、朝早く、イエスはもう一度宮に入られた。民衆はみな、みもとに寄って来た。イエスはすわって、彼らに教え始められた。
すると、律法学者とパリサイ人が、姦淫の場で捕らえられたひとりの女を連れて来て、真ん中に置いてから、
イエスに言った。「先生。この女は姦淫の現場でつかまえられたのです。
モーセは律法の中で、こういう女を石打ちにするように命じています。ところで、あなたは何と言われますか。」
彼らはイエスをためしてこう言ったのである。それは、イエスを告発する理由を得るためであった。しかし、イエスは身をかがめて、指で地面に書いておられた。
けれども、彼らが問い続けてやめなかったので、イエスは身を起こして言われた。「あなたがたのうちで罪のない者が、最初に彼女に石を投げなさい。」
そしてイエスは、もう一度身をかがめて、地面に書かれた。
彼らはそれを聞くと、年長者たちから始めて、ひとりひとり出て行き、イエスがひとり残された。女はそのままそこにいた。
イエスは身を起こして、その女に言われた。「婦人よ。あの人たちは今どこにいますか。あなたを罪に定める者はなかったのですか。」
彼女は言った。「だれもいません。」そこで、イエスは言われた。「わたしもあなたを罪に定めない。行きなさい。今からは決して罪を犯してはなりません。」〕"
ヨハネの福音書 8章1~11節

 

この話では姦淫の女、つまり不倫をした女が石つぶてを投げつけられてまさに殺されそうになります。

そのときイエス様は身をかがめて、なんと言ったでしょうか?

「石を投げてはいけない」とは言いませんでした。

あなたがたのうちで罪のない者から石を投げなさい」と言ったのです。

そして、石打ちで殺される、そんなドン底の中にいた姦淫の女と同じ目線まで、同じドン底までイエス様も身をかがめられました。

 

「この姦淫の女の罪とともに私が石打ちになります」

「私が姦淫の罪を背負うから私に石を投げなさい」

そのようなイエス様の熱い思いが伝わってきます。

 

身をかがめるとはここでは姦淫の女の罪を自分も被ること、

つまり姦淫の罪を犯すということです。

そして罪に定める者がいなくなった、訴える者(サタン)がいなくなったとき、イエス様は身を起こします。

身を起こすとは姦淫の罪が赦されるということです。

 

もう一度ルカ13章に話を戻して整理しましょう。

18年間腰が曲がって伸ばすことができなかった女とは、

本物の主人を捨てて不倫をしてしまいその罪が赦されることがなく、ずっとサタンに訴え続けられていた女です。

 

その女がいる場所がファトネー、「飼葉おけ」です。

 

私たちはまさにこの18年間苦しんできた女のようです。

まことの神様を主人とせず、神様以外のものに心を寄せてしまう姦淫の女でした。

石打ちにされなければならない私たちを救い出すために、

私たちをサタンの束縛から開放し私たちにいのちの水を飲ませるために、

イエス様は飼葉おけでお産まれになりました。

 

 

祈り

 

愛する天のお父さん、この地上にイエス様を与えてくださったこと感謝します。

イエス様によって私が罪に定められることがないこと感謝します。

何ものも私をキリストの愛から引き離すことはできないことを宣言します!

イエス様のお名前でお祈りします。アーメン。

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